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ジョンソン・エンド・ジョンソン100年史

第31話成長を支えた二つの経営スタイル

創業以来、記録的な成長を続けていたジョンソン・エンド・ジョンソンは、1976年にはアメリカで最も成功した会社の一つとして広く認識されていた。この年、ジェームズ・E・バークが51歳で4代目の会長兼CEOに、デビッド・R・クレアが社長兼EC(Executive Comittee)チェアマンに就任した。

世の中は、消費者の要求水準の高まりと、予防、早期発見、治療への新しいアプローチを可能にする技術革新により、医療の発展をリードしながら、なおかつJ&Jが将来においても競争力を保ちつづけるということが、この新しい経営陣にとって大きな挑戦となった。

二人は研究・開発に注力することを決意し、1978年、科学技術部門の本部として"COSAT(The Corporation Office of Science and Technology)"を設立した。それ以降、研究・開発費は4倍の4億ドルを軽く超え、その金額は全米の会社で第18位、ヘルスケア産業では第1位となった。

J&Jは自らを研究・開発型企業と位置付けた。同時に合併、新領域の開拓も積極的に行った。その結果、最も多くの製品群を有し、すべての診療科に対応する唯一のヘルスケア企業としての地位を確立したのだった。

1976年からの10年間、J&Jは劇的に成長した。世界中のグループ会社の数はその間に2倍となり、1986年には売上高が70億ドルにのぼった。その売上の半分は市場でナンバー・ワンを制覇する製品によるものであった。

51カ国160社それぞれに新しい経営スタイルがもたらされた。バーク会長の課題に対するアプローチの方法はディスカッション型であった。世界中のJ&Jにその手法が奨励され、各国の組織力が活性化された。一方チェアマンとして経営責任を負っていたクレアは分析型だった。二人のアプローチは全く異なっていたが、そのことが相乗効果をもたらした。

また、こういった変化の中でも経営手法の伝統的なところは守られ、バーク会長はよくこう発言した。「一つの企業として継続して業績をあげられているのは、われわれ独自の分権経営、「我が信条(Our Credo)」の中に脈打つ倫理規律、長期的視野に立った戦略によるものと確信している。」

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