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ジョンソン・エンド・ジョンソン100年史

第22話史上最悪の大恐慌をも切り抜けた企業力

狂騒の1920年代が終わりに近づくにつれ、大恐慌の暗雲が次第に国を覆い始めた。1928年夏の終わりになって、工業生産および消費者の購買力が落ちてくると、ロバート・ウッド・ジョンソンJr.は経営陣に大幅な経費削減を求めた。

のちに暗黒の木曜日として知られるようになる10月29日、株式市場が崩壊した。株価の暴落は400億ドルに達し、国は大恐慌に見舞われた。失業率は25%にも昇り、仕事のない無数の人々がスープの無料配布に列をつくった。

1930 年2月、ロバートは副社長兼ジェネラルマネージャーとなった。恐慌到来後数カ月で多くの会社が倒産した。押し寄せる脅威に直面した彼は、ワークシフトの短縮、土曜出勤の廃止を実施し、生産部内の社員には1ヶ月に2回、3日間の休日を取らせるなどの手を打った。また。彼も含めた役員の給与を 15%削減した。これらは他の会社に比べれば穏和なものであったが、恐慌の間、ジョンソン・エンド・ジョンソンはいかなるビジネスも失わずに済んだ。それどころかロバートは、新たなボーナスシステムを導入したのである。

社員を激励する一方で、彼は取締役会で苦言を呈した。「私はこの会がJ&Jにとって有効に機能し始めることを望んでいる。そのためにはどんな提言をも歓迎する。直面する問題を解決するための討議の場において、いまだこの会はその真価を発揮していない。これは株主の責任かもしれない。しかしそうだとすれば何らかの具申提案があっても然るべきではないのか。」株主とはもちろん彼自身と経営陣を指していた。

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