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ジョンソン・エンド・ジョンソン100年史

第21話劣悪な労働環境を改善したロバート・ウッド・ジョンソンJr

ロバート・ウッド・ジョンソンJr.はビジネスの経験を広げるにつれ、自らの役割はマネジメントにあるのではないかと強く思いはじめた。有能なビジネスマンに成長し、すでに先輩たちの尊敬も得ていた彼は1926年、世界で最も斬新な繊維工場の建設を計画した。

ジョンソン・エンド・ジョンソンはすでに医療用繊維製品の主要な製造業者であり、製品の大半は外科用包帯であった。当時の繊維工場は劣悪な労働環境の中にあった。長い土地探しの末、ジョージア州ゲインズビル近くに美しい土地を購入することができた。会社は一階建ての斬新な工場に加え、従業員用のモダンな家200棟、学校、教会、医療用設備の整った村の建設を発表した。多くの人はロバートの約束を疑ったものである。しかし、建設が終わったとき、訪れた記者は「ジョージアの設備は現代のコットンミル(cotton mill)の理想と言える」と絶賛した。

チコピービレッジ(Chicopee Village)として知られるようになったその村には、31程のバリエーションのあるモダンなレンガ造りの家々が優雅に曲線を描いた眺めの良いストリートに点在していた。ノースイーストジョージアで、室内の配管、電気、温水設備を備えた最初の家と工場は、人々の生活を変えた。

工場のオープンを祝う野外大宴会で、人々はロバートに銀のボウルと水差しをプレゼントした。彼の感謝の意は、彼自身のマネジメントを喚起することで表明した。 「市民の方々にこの善意と信頼に値し続けるよう私たちは自身を導いていきたい。」 その後ロバートは100以上の工場とオフィスビルを建てながら、「工場は美しく! "Factories Can Be Beautiful"」運動を推進していった。

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