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ジョンソン・エンド・ジョンソン100年史

第15話偉大なリーダー亡き後の再出発

1907年全米は世界恐慌に見舞われた。ジョンソン・エンド・ジョンソンは見事その嵐を乗り切ったどころか、世界最大の規模に工場を拡大した。1908年、RED CROSS COTTON MILLの増築の盛大な祝賀会の席でロバート・ウッド・ジョンソン社長は、新しい創傷被覆材の開発について全社員に改めて感謝し、J&J社員としての誇りを訴えた。そしてさらなる会社の繁栄と幸福を誓った。

1910年のある朝、頑健であったロバートは突然体の不調を訴えた。7日後、家族に見守られて帰らぬ人となった。肝臓疾患であった。この突然の訃報に2500人余の社員の落胆は計り知れないものであった。偉大なリーダーシップの下、成長を続けてきたJ&Jであった。葬儀は市の歴史始まって以来の盛大なものとなった。

ロバートの死後、弟のジェームス・ウッド・ジョンソンが後継者として任命された。「アンクル・ジミー」の愛称を持つ彼は就任にあたり、事業運営については兄の完全なる継承を約束した。一方、ロバートの息子のロバート・ウッド・ジョンソンJr.は高校を出ると周囲の反対を押し切ってJ&Jで働き始めた。彼は工場のいろいろな部署を経験し、多くの社員と親しくなっていった。中でもハンガリー移民の人々に人気があった。勤勉、忠実な彼らはやがてJ&Jの労働力の2/3を占めるまでになり、J&Jは“ハンガリー大学”と呼ばれたものだった。

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