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ジョンソン・エンド・ジョンソン100年史

第2話近代医学への道

ロバート・ウッド・ジョンソンが見習いだった頃に受けたトレーニングは、膏薬を作ることに焦点が置かれていた。彼はニューヨークへ渡った後も膏薬をゴムとの混合で作ることを考えていた。

後にその当時を振り返って彼はこう語っている。「私達はまずベンジンと膏薬を混ぜゴムにつけることから始めました。しかし、膏薬として有効な薬は溶液に浸されたゴムとは相容れないものでした。また、ゴムを砕き溶液なしで薬に混ぜたりしましたが、ゴムを砕く機械が見つからなかったり、機械がうまくいくと混合が悪くなり、その点が解決するとまったく薬効がなくなっていたりすることのくりかえしでした。」このような失敗の繰り返しも後にロバートのビジネスには大きな助けとなった。

一方、1800年代中頃の外科手術は、治る確立の低いものと考えられていた。その頃の水準は、消毒の技術がまだ確立されていなかったため、論理的には治るはずの患者でも外科手術における死亡率は高く、その原因は解明されてはいなかった。しかし、1800年代後半にさしかかると細菌学によって患者の生命にかかわる重要な謎が解明されようとしていた。

英国のジョセフ・P・リスター博士は、「空気中にある見えない細菌が患者に感染し、手術後の死亡につながる」というパスツールの理論を証明し、また一つ近代医学の幕が開いたのである。彼は、手術室に奇妙な形の機械を持ち込み沢山の粉を撒き散らした。外科医や看護婦、そして患者はひどくおびえたが、この粉が空気中の細菌の感染を防ぐ役割を果たした。

1876年、フィラデルフィアで開催されたアメリカ建国100年記念の医学会に出席したロバートはこの理論を聞き大変感銘を受けた。そして、消毒済手術用包帯を作るという新しいビジネスのアイディアを胸にニューヨークを後にした。彼のアイディアは素晴らしいものだったが、この夢が実現するのは10年後のこととなる。また、抗菌手術用包帯が完全に滅菌された製品として市場に出るのはまだまだ先のことであった。

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