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ジョンソン・エンド・ジョンソン100年史

第1話思いやりの1世紀が始まる

南北戦争の嵐が吹き荒れる1861年、16才のロバート・ウッド・ジョンソンは薬剤師見習いになるため、ペンシルバニアの片田舎からニューヨーク州ポーキプシーへ向かった。

彼は伯父のジェームス・ウッド・ジョンソンから膏薬の調剤を学び、数年後にニューヨークへ移り、学んだ技術をビジネスに活かそうとした。彼は、まず、輸入薬のセールスマンとしてビジネスの知識を広げていき、1873年には同じように頑固で自分の我を通すタイプのジョージ・シーベリーと出会った。この二人は「シーベリー&ジョンソン」という名前でビジネスを始めたが、もともとぶつかることが多かった彼らはロバートが二人の弟たち、ジェームス・ウッド・ジョンソンとエドワード・ミード・ジョンソンをビジネスに引き込んだためにますます険悪になっていった。

ジェームスは新しい機械を設計し、組み立てる技術を、エドワードは営業や宣伝広告のセンスを、そしてロバートは以前のパートナー、シーベリーとの法律問題をかたづけると企業家としての会社の推進力として、それぞれの才能をビジネスに活かすことになる。

この街の歴史はオランダからの移民が1730年に住み始めたことから始まる。その後、独立戦争時には、ジョージ・ワシントンが軍を立て直す間、アレキサンダー・ハミルトンがイギリス軍を押し留めた場所でもあり、1834年にデラウェアーラリタン水路が開通し、ニューブランズウィックが北の港になると、アメリカで最も多くの船が出入りする港になった。街へは靴を作るゴム工場や果物入れなどの工場など、多くの工場が立ち並ぶようになり、医療用具やヘルスケア関連用品を作りはじめたジョンソン・エンド・ジョンソンはその仲間に加わった。

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