それは、確かな夢のカタチ。Rikejoの未来と出会う。

“無意識の壁”を取り払い、自分の可能性について考える。

将来の夢というものが、不意に現実味を帯びて感じられるようになる。その最初の時期が、十代半ばを過ぎた頃ではないだろうか。想い描く未来の自分が、テレビで見てきたスーパースターから、次第に実社会で生きる姿に変わってきていることに気づく。たとえば、行きたいと思っている大学に入学できるか、など。

人は、成長するにつれ様々な人と出会い、社会と交わり、ルールや慣習を身につけていくうちに、「自分にできることはここまで」という無意識の壁に捕らわれてしまうことがある。女性の社会進出が大きくクローズアップされ、生き方や働き方の多様性に対する意識が高まる現在でも、そうした既成概念で可能性を制約されてしまうことは少なくない。

しかし、優れた人物ほど、自らの可能性を限定しない。未来を一つと決めず、やってみたいことにどんどんチャレンジする。たとえ性別による壁があっても、それを乗り越えようという意欲がある。そんな人物と、理系分野への進学を目指す女子学生たちとの出会いが実現した。

夢を実現し続ける、ひとりの女性との出会い。

米国ジョンソン・エンド・ジョンソンと東京大学理系学部の女子学生を支援する共同プロジェクト「"Rikejo" Initiative」、その一環として理系分野への進路選択を希望する女子中学生、女子高校生を支援する「女子中高生アウトリーチ」*がある。2016年8月、50名の女子学生たちが、東京大学での講演や研究室見学を経てジョンソン・エンド・ジョンソンの東京サイエンスセンターへ。そこで、彼女たちは「自分がやりたいこと」を実現してきた、ひとりの女性と出会う。
ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 ビジョンケア カンパニーの代表取締役プレジデントである海老原育子だ。

もともと数学や理科など「答えのある学問」が好きで、さらに星を見ることが好きだった海老原は、天文学部のある東京大学理科T類に入学。しかし、自分が学びたかったことと実際の研究との違いを感じて理学部化学科を専攻。修士課程で新しいものを見つける学問研究の態度、考え方を学ぶと、さらなる可能性をもとめて実社会へ、そして世界へと飛び出していった。

次世代の“Rikejo”として、新たな可能性への挑戦を願う。

はじめは技術職から。そこで感じたのは、グローバル化が進む中で、理系の方が海外でのアドバンテージがあり、仕事の幅が広がる可能性が大きい、ということ。着実に実績を積み上げていく中で、「優れた人のアイデアや技術を使って製品を市場に出し、ひとりでも多くの人に届ける役割を果たしたい」という想いが芽生え、やがて技術職からマネジメント職へ。ヘルスケアの分野において、世界中の人がより安全に手術を受けられるデバイスを開発し、それらを手術の現場で使ってもらうために活動してきた。そして、東日本大震災を機に、海外で学んだことを日本に還元したいという想いから帰国。ビジョンケア カンパニーに籍を置き、今度は日本に居ながら世界中の人々と働き、協力し合うようになった。

海老原の語るストーリーは、参加した女子中学生・高校生たちにとって、確かに見える“夢のカタチ”であったに違いない。自らが進もうとしている道の先には、無限の可能性がある。「理系だから研究者」と決めつけるのではなく、マネジメントなど様々な分野で活躍できる可能性があることを、彼女たちは知っただろう。
そんな若い真摯な目差しに対して、海老原は「自分のやりたいことが何かを考えてください。そして、やりたいことが見つかったら、まずはそれにトライする。やりたいことが変われば、次のことに挑戦すれば良いだけです。それを続けていってください」と言葉を贈った。

本物の医療従事者も利用するラボで、
先進医療機器を体験。

*関連情報
米国ジョンソン・エンド・ジョンソンと東京大学が理系の女子学生を支援するプロジェクトで連携
〜女子中高生の理系進路選択支援もサポート〜

Profile

海老原 育子

海老原育子(えびはら いくこ)
1965年生まれ
1990年東京大学大学院理学系研究科修士課程終了。住友スリーエム(現スリーエムジャパン)に技術職として入社。99年米本社に転籍。インターナショナルディレクターとして、約60カ国にわたるグローバル戦略とその展開を担当。2013年ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社に入社。

ミネソタ大学にてMBA取得。

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