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保護者と小児科医をつなぐ新たな架け橋

保護者と小児科医をつなぐ新たな架け橋 救急窓口に駆け込む前に電話相談できることの大切さ

医療従事者/医療介護部門 桑原 正彦(くわばら まさひこ)  Masahiko Kuwabara 医療法人唐淵会 桑原医院 院長 Director, Kuwabara Clinic

桑原正彦氏が桑原医院の6代目院長になったのは1969年のことでした。同医院は広島県広島市の郊外にある八木という地域で1755年に開業。いつでも対応できる応需体制で近隣住民に医療を提供し続けています。
小児科医を務めていた桑原氏は、2000年代さらに深刻化していく小児科医不足問題や、小児科の閉鎖により、患者さんが受けられる診療の地域格差が広がっていることを敏感に感じました。同時に、少子化社会が進む中で「少ない子どもを大切に育てる」という観念が世の中に定着し、「病気になったら小児科医へ」という保護者の考えが一般化している現状も把握していました。
特に、かかりつけ医を持たない場合、子どもが体調を崩すとやみくもに救急室を訪れ、「小児科医に診てもらいたいのに、対応してくれない」という不満を募らせていることが、すでに多忙である小児科医をさらに苦しめているという実情に心を痛めていたのです。

小児救急電話相談事業を思いつくヒントになったのは、イギリスの国民保健サービスやアメリカの保険会社が行う電話相談でした。電話で症状を説明すれば「家庭での看護の方法」や「どの医療機関にいつ行くべきか」をアドバイスしてくれるというこのシステムです。「これはいい!」と思った桑原氏は、救急窓口に駆けつける保護者とそれに対応する医師・看護師との問題を解決するため、受診する前にまず医師・看護師に電話で相談できる仕組の実現に取り組みました。

全国に展開されている小児救急電話相談事業

全国に展開されている小児救急電話相談事業

桑原氏の活動が紹介された雑誌

桑原氏の活動が紹介された雑誌

医師会を通して懸命に厚生労働省へ働きかけたことで、同省の分担研究として、2002年に「小児救急電話相談事業・広島」というモデル事業がスタートします。この事業には58人もの広島の小児科開業医がボランティアとして参加し、2年間で4,351件の相談を受けました。小児科医が電話で直接相談を受けることで、その満足度は約80%という高い水準に。そのうちすぐに受診をした方がよいと判断されたのは約10%。救急車で受診が必要と判断されたのは約1%と、実際は救急窓口に駆け込む必要のない患児数を大きく減らすと共に、緊急の患児の診療をスムーズに行うことができました。

この結果を受けて、2004年から同事業は活動費の半分を厚生労働省が負担する事業として全国展開されることとなりました。
現在、桑原氏の活動は「小児救急電話相談(#8000)」として全国化しています。全国共通の短縮番号#8000をダイヤルすることで、保護者からの電話が居住地の都道府県の窓口に自動転送され、小児科医師・看護師から子どもの症状に応じた適切な対処の仕方や、受診する病院などのアドバイスを受けられるようになりました。
「小児救急電話相談(#8000)」のモットーは「今いくべきか、明日まで待ってよいか」の判断支援。核家族化が進み、相談できる人が周りにいない保護者にとって、子どもの病気は一大事です。桑原氏の努力によって、小児科医不在の地域の窮状を救い、保護者の不安を軽減できる社会の実現まで間近であり、この活動は子育て支援に不可欠なものとなっているといえるでしょう。

第13回 ヘルシー・ソサエティ賞
プロフィール
1937年広島市生まれ。1962年日本医科大学卒業。1967年日本医科大学大学院小児科学修了。1969年桑原医院6代目継承。1995年から(公財)ひろしまこども夢財団理事、広島県小児科医会会長に就任。2001年に日本医師会・小児救急医療体制のあり方に関する検討委員会委員長に就任し#8000の原案を提言、2002年から「小児救急電話相談事業・広島」を開始、のちの小児救急電話相談事業(#8000)の先駆けとなった。2005年に(社)日本小児科医会小児救急問題対応委員会委員長となり、2006年には日本小児連絡協議会委員、2007年には小児救急電話相談事業基本問題検討委員会の事務局長に就任。現在も厚生労働科学研究費補助金の研究事業に協力。

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